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束の間、淡く残ることについて

いつの間にか踏み越える/戸惑いながら立ち止まる - メモ

いつの間にか踏み越える/戸惑いながら立ち止まる - メモ

3月26日 メディアテーク7階をあとにした二人の会話から

 

概要

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3月26日、メディアテークで行われた「オンラインボーダレス映画祭2022」というイベントに参加しました。僕は映写室のなかで音量や照明をいじっていました。そのとき一通りすべての作品を見ることができたので、せっかくだからなんか書いておこうかなと思い立ち、“Strangers in Sendai”という制作において何が起きていたのか、何を考えられるかというテーマを、ダイアモノローグとも言えるような方法で掘り下げてみました。思考の過程をそのまま「メモ」として書き残しています。

途中、〈越境〉というキーワードに3月20日の今和泉隆行さんのトークイベントが自然と結びつきました。他にも、見田宗介先生の言う「〈越境する知〉としての社会学」、ジンメルの『橋と扉』、2月〜3月に石巻でやっていた『つまずきの庭』という展示まで、どんどん連想が拡がってしまいましたが、そのまま盛り込んでいます。(連想の旅の様子は註釈を読むと堪能できます。)

自分用メモとして書いたので冗長で読みやすさの欠片もありませんが、興味のある方は興味のある箇所をお読みくださると嬉しいです。2章はだらだらとした前置きで、3章「分離と結合」が問題提起(ここから読み始めるのが良いかも知れません)、Strangersについての具体的な分析は4章と6章、今和泉さんのトークについては5章で取り上げています。

 

本文中にイベントや人物についての紹介はほとんどありません。以下の資料をご参照ください。まず、“Strangers in Sendai”については以下。

 

作品は以下のプレイリストにおいてほぼ全て見ることができます。中川さんの『Strangerの一日』、渡辺さんの『仙台のアリーセさん』あたりが短くて見易いかと思います。ただ、時間があれば門脇さんの『サムさんと中川さん』や『ドクトル・ジャパン』を見てほしいところです。というか、全部見たほうが良いと思います。

Online Borderless Film Fes 2022/第二回オンラインボーダレス映画祭 - YouTube

 

今和泉さんのトークイベントについては以下のFBページでまとめられています。見れる方はぜひ。

https://www.facebook.com/113333181132453/posts/155362273596210/

 

今和泉さんについて知らない方には以下のインタビューなどそのぶっとび具合が分かりやすくてオススメです。


 

 

 

 

「stranger」という語が問いかける

 

「タイトルの“Strangers”は〈異邦人〉って訳されていたね。strangerの純粋な語義からすると違和感があるけど」

「確かに、もともとstrangerは〈他人〉〈知らないひと〉くらいの意味が一方にあって、〈(その場所に)馴染みのないひと〉みたいな意味がもう一方にあるだけの抽象語だ*1。〈異邦人〉〈異国人〉っていうのは後者の派生というか、たぶんシネクドキー的な意味拡張の一種だな」

「作品で具体的な〈異邦人〉を取り上げながら、タイトルではstrangerっていう抽象語がポンと置かれてるんだよ。どうしてそんなにstrangerということばにこだわるんだろう」

「いかにもあなたが提起しそうな論点だ。それは擬似問題だよ」

「だって不思議じゃん。それに、この作品を考えるためにはstrangerということばと作品との関係を最初にほぐしていかないと駄目だと思うよ。作品がなにを写そうとしていたのかを整理することと同義だ。で、どう思う?」

「そうだな。まず、“Strangers in Sendai”の作品群は〈異邦人〉を突き抜けて、究極的には〈他者と関係する〉という事態そのものについて迫ろうとしているように見える」

「それはさっきの語彙拡張のプロセスの逆を為そうとしているってこと?具体的な他者(ここでは異邦人)を題材に、他者一般を考えてみるよーみたいな」

「いや、それだけではないと思う。この作品群が総体として浮かび上がらせているのは個としてのstrangerたちでも他者一般でもなくて、strangerをstrangerたらしめる関係性というか、strangeであることそのものだと思うんだよな」

「わかりそうでわからない」

「タイトルでは便宜的に異邦人ということばが当てられているけど、strangerという語は変数みたいなものだと思う。そこに代入された具体的な他者とのあいだに、様々なstrangenessが立ち上がっている現象そのものが作品のなかでは追求されている。主題化されているのは個別的な対象ではなくて、個が個であろうとするときに必然的に発生する、未知とか距離とか疎外みたいな現象の方だ」

「strangerと書いてはいるけど、そこで誰(who)が撮られているかはそこまで重要じゃないということ?ましてや異邦人にこだわっているわけではない、と」

「仙台出身のムハンマド・佐藤さんを掘り下げた作品も含まれていたし、なんなら制作者も登場人物の一部としてカメラに写っていただろう。紹介文でも『外国人など』とぼかされている。strangerという文字には僕たちが日常で出会うひとりひとりも潜在的に写り込んでいるんだけど、彼らが見知らぬ他者として、なじみのない者として現れてくる瞬間になってようやくその文字が発光するんだ。外国人は、だから、ひとつの顕在化されたstrangerに過ぎない」

「strangerを単なる抽象語としてではなく多様な具体性に向かって突き抜けていくことばとして置いているのか。そう考えると確かに、問いとしてこっちにも迫ってくる貫通力を感じる」

「そうだね。作品のなかで明確に、大きな声で何かが問われるわけではないのだけれど、strangerということばが実は問いそのものになっている

 

「なるほど、テーマソングの冒頭でWe are all strangers in this worldって歌われているのも示唆的だね。

そもそも根本的にわたしたちは〈よそ者〉だ、世界はどこまで行っても未知だ、という片面の事実を歌っている。そして、そのことに楽観的でも悲観的でもない。メジャーコードではじまるから明るい響きがあるんだけど、かと思えばマイナーを挟んで、歌詞では〈それはいいことでも、悪いことでもない。ただ、そうなのだ〉と価値付けを否定する。『存在論的孤独*2のテーマソング』とでも言おうか。この〈ただ、そうである〉こととどのように(how)向き合うか、っていう問いかけに聴こえる」

「すごいよ、ここの歌詞は。わたしも、あなたも、ひとりひとりがstrangerだという歌詞なんだけど、主語はWeになっている。〈私はあなたとは違う〉、〈ひとつになれない〉、〈わからない〉という孤独を引き受けながら、しかし同時に、〈孤独である〉ということによってこそ他者と関係し繋がっていく(共同性を築く)ことが可能になる。〈隣の人物もまた自分と同じように孤独を抱えている〉というもう片方の事実にもまた、一人称複数*3の代名詞でさりげなく触れている」

「ほんとだ…。全然気づかなかった。ゲオルク・ジンメルも短いエッセイで人間存在の本質として〈分離と結合〉というアンビバレンスを抽出していたけど、あれをさらに短く凝縮したような一行だ」

 

 

 

「分離と結合」:境界線のダイナミズム

 

人間は、事物を結合する存在であり、同時にまた、つねに分離しないではいられない存在であり、かつまた分離することなしには結合することのできない存在だ。(『ジンメル・コレクション』「橋と扉」p100)

人間が自分で自分に境界を設定しているということ、しかしあくまで、その境界をふたたび廃棄し、その外側に立つことができるという自由を確保しながらこれを行っているということ、これこそ人間の深層にとって本質的なことなのだ。(前掲書p95)

人間は川を隔てたふたつの大地をみて「分離している」と捉え、岸と岸のあいだに橋を建設する。また、人間は部屋をつくることによって内外を隔て、安全な空間を確保しているわけだが、そこに扉を設置して外との完璧な分断を敢えて廃棄する。

何かを認識するときに「分離している」という性格をわざわざ読み取って、存在に「境界」を設定する。岸Aと岸Bの境界、部屋の内と外の境界。さらにその「境界」を自ら乗り越えて「結合する」「行き来する」可能性を確保する。橋を架け、扉をくぐって、「自己目的的存在から世界へと乗り出し、そしてまた世界から自己目的的存在へと戻っていく」(前掲書p98-99)。

「分離しないではいられない」「境界を設定してしまう」のは理性をはじめとした人間の機構上しかたがないことで、主体化(自己同一化)のうごきのうちに自己と他者の境界もまた設定されてしまう*4のだが、しかし同時に、まさにこのことのうちに「分断を乗り越える」「境界を踏み越える」契機が可能性として埋め込まれている。僕たちは外に出ていくことができる。誰かと出会って、自分の身体を解きほぐすことができる。この自由のうちに、生きていることのダイナミズムがあるのだ。

と、ここで立ち止まる。「分断を乗り越える」「境界を踏み越える」ということが、どのようなときに起こるか。「自由」とは書いたが、このような「越境」は常に思い通りに起こるわけではない。どのような姿勢や態度が「越境」を可能にするのか。
また、「越境」は果たして、常に誠実な反応だと言えるのか。「越境」を自然なスタイルとして無批判に受け入れ、「望むべきこと」として持ち上げた途端に見失われるものもあるのではないか。分断に対して、僕たちは他にどんな態勢を取り得るのだろうか。

これらのことについて、作品をもとに確認してみたい。

 

 

 

Strangersの〈越境〉:声によって曖昧になる境界線と関係性の組み直し

 

「退屈な確認作業だったな」

「そうかなぁ。やっぱり避けては通れないと思うんだけど」

「細かいことはいいから、って言われてる気がしたんだよね。作品を見ていて。少なくとも、プロジェクトメンバーの門脇さんたちはいま僕たちが確認してきたような前提事項にそんなに興味を持たない気がする」

「委ねられてるんだよ。それをやらない、という選択があって、一方で僕たちはそれができる、それをやるという選択ができる。作品に触れたひとがやればいい*5。それだけだと思うよ」

「そうかもしれないけどね」

「ところで、細かいことはいいから、っていうのは、どこを見てそう思ったの」

「うん。ここからが本題なんだけど、この作品の特殊なところは、〈制作という行為そのもの〉(あるいは、制作の方法のとり方)が、strangerとしてどのように生きていくか、という問いに対するひとつの方向性になっている(ように見える)ことだと思うんだよ」

「固定的な役割を解体して、みんなで協働していく、ってところ?」

複数の制作者が、仙台に住む外国人などさまざまな「stranger(異邦人)」と協働しながら、映像を制作していく企画です。手法として考えているのは、撮る側がいつも撮り、撮られる側がいつでも撮られるのではなく、また撮影した素材はみんなで共有していくことで、全員が参加者であり、同じ目線に立ちうるという制作スタイルです。
第一回となる今回は、4人(組)の「stranger」と4人の「制作者」による協働というかたちで進んでいます。10月に実際の企画がスタートし、出演交渉や撮影をへて1月から編集作業が始まりました。同時に全員が参加してテーマソングの制作も行われています。2月にできたところまでを全員で試写して意見交換し、そのフィードバックをもとに3月の「第二回オンラインボーダレス映画祭」で上映します。

「そう。関係性を固定しない、っていうことかな。インタビューされ、撮影されているアンディさんやサムさんも、編集会議や上映についてのミーティングに参加する。アリーセさんが渡辺さんから『作品のOPの音楽をどうするか』って訊ねられて意見を出すシーン(下動画の冒頭箇所)も、そのまま映像になっていて驚いたね。

それどころか、テーマソングの歌詞をつくったり、みんなで一緒に歌ったりもする。撮影者側だった門脇さんや中川さんも映像に撮られるし、語りだす」

「上映会ではアンディさんは通訳もやっているしね。さらに言えば、午後の上映は会場の声を聞いて、みんなで話し合いながら映像を見ていく〈対話型上映会〉を試みていた。はじめての試みだったらしいし、なかなかうまくいっていないところもあったけど*6、そこはこれから練り上げられていくとして、観客を〈観るひと〉という役割に固定させないようにと意識されているのは間違いない。この〈方法の選びかた〉それ自体に着目するべきだと」

「制作における作業効率を求めるのであれば、専門性の高い人間にひとつの役割を与えて『分業』していくわけだよね。制作に限らず、社会全体がそういう風にできているんだけど、その役割の固定化こそがボーダーライン(境界線)と権力の不均衡を作ってきたんだ。アートにおいては作者と鑑賞者が、テキストにおいては筆者と読者が、粗雑に分かたれる認識が罷り通ってきた。でも実際、そういう風に綺麗にスパスパ分けられたものよりも、例えば、ぐちゃぐちゃと越境し合っていて、なんでもありで、〈つくりたい〉〈話したい〉〈触ってみたい〉が充満しているもののほうが面白いに決まっているわけですよ。いや、面白いかどうかはともかくとしても、単純に切り分けられないカオス(存在の混沌)のほうが、より自然で、アクチュアルなわけです*7

「ざっくりとした把握だけど、理性主義的な近代的自我から解放されていくデカルト以降の思想の流れみたいだね。というか、それって現代アートも文化論もテクスト論もみんな途中で行き着いた地点なんじゃない?それはそうだよね、っていうか…」

「そのとおり。だから、この発想じたいは別に斬新なわけじゃないよ。面白いのはstrangerとしての生き方・関わり方という巨大な問題に、あーだこーだ説教臭くコトバで答えようとするんじゃなくて、この〈制作行為〉自体で直接切り込んでいく、恐るべき具体性の方だ」

「あぁ、そういえばさっき門脇さんが『(私にとって)映像は人と関わるためのツールなんです』って言ってたよね。あれはなんだかすごく引っかかる表現だったけど」

「映像を専門にしてきたひとが誤解して怒りそうな発言だけど、それを恐れずに言い切っているのは、〈撮る〉ということ、〈つくる〉ということにおいて門脇さんたちが誰かとの膠着した関係をつくりかえて、理解しなおして、生きなおそうとしているからだ。そこにしか、たぶん、制作は存在しない」

「かっこいいけど、どうも抽象的すぎる気がする」

「そうだな…。もう少し詳しく辿ってみよう。
まず、基本的にはstrangerを被写体として、〈声を聞く〉というかたちで未知の事象(strangeness)に近づく回路をつくる。イスラム教やキリスト教について、あるいは移住者の生活や社会参加や人間関係について、既に漠然と知っているつもりになっていた像(イメージ)を、直接的な〈声〉によって崩していく。〈(肉)声〉は輪郭を曖昧にする。
例えば、僕たちは、イスラムの文化についてまったく知らないと言ってもいいと思うんだけど、ニュースや教科書由来の知識がわずかにあって、それをもとに勝手にイメージしているものがあって、勝手にアウトラインを作ってしまっている。でも、実際に話を聞けば聞くほど、もちろん少しずつ知識が増えてはいくんだけど、むしろ輪郭はどんどん曖昧になっていく。目の前にいる生身の人間が、肉声が、〈わかった〉という意識をぼやけさせるんだ。〈わかった〉とは簡単に言えないというか、むしろどんどんわからなくなっていく。声の向こう側に、知識にはならない〈現実の厚み〉を透視してしまうようになる*8

「〈わかっている〉という思い込みに居直ることで膠着してしまう関係性を、〈撮る〉〈聞く〉というドキュメンタリー的な制作行為で突き崩そうとしているのね」

「アンディさんはもともと門脇さんたちと知り合いなんだよ。ということは、ある程度はお互いに〈わかっている〉。だけど、こうやってアンディさんのstrangerとしての側面を取り上げてわざわざ映像を〈撮る〉ことで、もう既にあたらしい〈理解*9の仕方〉〈関わり方〉が創り出されている」

「でも、門脇さんたちがstrangerを巻き込みながら行った制作は〈撮る〉〈聞く〉だけではないよね。みんなで主題歌をつくったり、制作会議をZOOMで開いたり、上映会ではトークイベントもしているわけだから。〈撮る-撮られる〉〈話す-聞く〉という関係だけじゃなくて、一緒に〈音楽をつくる〉〈映像編集をする〉みたいな関係性も生まれている」

「そう。もはやそこには取材・撮影していたときのような、strangerを対象化して理解しようとする認識態度はないはず。遠いようで近いような、見えるようで見えないような、曖昧になったボーダーラインを前にして、門脇さんたちは更にそれを〈知らない顔をしていつの間にか踏み越える〉んだ。制作の壇上にみんなでのぼることで、境界線を無意識のうちに踏み越えて、あたらしく関係を結びなおす。
さっき言ったように、互いの未知や不可解と向き合って掘り下げていくたびに、その都度どんどん分からなくなって関係の糸が綻んでしまうわけだけど、だからこそ、それをまた別の仕方で結び直していくことができる。実は、strangerとして現れてくる他者との関係性は、この一連の〈一旦解ける→結び直す〉過程のうちにある。そして、この〈結び直し〉の場面を、門脇さんたちは〈制作の場に会す=踏み越え〉において(たぶん意図せず)創出しているんだと思う」

「この越境は、一方的に〈撮る〉〈聞く〉だけではない共同制作の場をひらくことで可能になっているのか」

「うん。〈つくる〉という行為において、門脇さんたちと出演者たちは各々のコンテクストから立ち上がって(同時に、コンテクストを持ち寄って)、境界線を踏み越え、交わっている」

「この〈踏み越え〉は意図的に行われているのかな。あくまで方法として意識されているのか、それとも本当に無意識で知らないうちに起こっているのか」

「まぁ、どちらでもあると思うんだけど、少なくとも門脇さんや中川さんや渡辺さんたちにとっては自然な動きとして受け入れられてるんじゃないかな。〈手法として考えている〉とは書いているけど、日常的な意識に即した普段使いの態度だと思う。たぶん、特別なことではない」

「そのスタイルをとるために無理しているというよりは、〈いつの間にか〉〈思わず〉〈たまらず〉に近いことが多そうではあるよね。門脇さんは『病気』とまで言ってたけど*10

「なんか、こないだの今和泉隆行さんのお話をちょいちょい思い出してきた」

「あぁ、気仙沼トークイベントか。確かに今和泉さんも〈越境〉をこともなげにやってのけるひとだったね。たぶん『病気』とはまた違って戦略的な意識もあるんだろうけど、それでもやっぱり、身体の自然さに合わせるかたちで〈越境〉という動きがとられていた」

 

 

 

今和泉隆行さんの〈越境〉:置いて、拾われて、拡がる

 

 

「〈地理人〉っていうニックネーム(?)はたしかに今和泉さんの仕事や方向性を括りだす記号としては的確かもしれないけど、話を聞けば聞くほど〈地理人〉とはどうしても呼べなくなってしまうよ」

「あまりにもやっていることが多彩すぎて〈地理〉という共通因数を括りだそうとしてもしょうがない気がするね。地図デザインをして、本を書いて、美術館で展示して、大学で講義して、まちづくり系・アート系のワークショップを開いて、バラエティ番組にも出て…」

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(『地理人ノート』2020年5月1日「あっという間に5年が過ぎたので、地理人の仕事の推移を全て図化して全体的な流れをつかんで今後を考えよう。」より)

シェアハウスの運営もしてるんでしょ?」

「もう、わからん。聞けば聞くほど。今和泉さんが作ってきたものも圧倒的にとんでもなさすぎて、うまく掴めない」

「あのトークでも途中で出てきたキーワードは〈越境〉で、例えば、気仙沼みたいな地方都市の特徴として、ふつうは交わらないような異分野・異世代の人々が一堂に会する場所がある、というのが挙げられていた」

「市役所の職員と漁師が知り合いで同じ居酒屋にいるとか、外国人研修生とふるさとワーホリで滞在している大学生が同じカフェにいるとかね。その環境において勝手に、もう既に起きてしまっている越境というか」

「“Strangers in Sendai”みたいに他者との一対一の関係の深度において越境が起きることを〈親密的越境〉として捉えるなら、今和泉さんが言っているのは公共圏のコミュニティにおいてはじめて会ったひとどうしでもあっさり起きてしまうソフトな〈公共的越境〉だと言える。そんでもって、今和泉さん自身はある程度意識的に〈公共的越境〉を繰り返してきたという話があった」

「オープン・デスクトップの会場に居たはずの今和泉さんがインドネシア・カフェに戻ってきて、作家・アーティストみたいなひとつの肩書を負っているひととして居るより、この場所に居るときのほうがどちらかと言えば気が楽です、的なことを仰っていたのは印象に残ってる。あと、今和泉さんが占い師のパーティに行ったときの話も面白かった*11

「研究機関に居たこともまちづくりの現場に居たこともあるし、美術館にもシェアハウスにも居るし、お役所でスーツを着たひとにプレゼンテーションするし、何故か占い師のパーティにも顔を出す。根本的に旅のひとだ。文章のなかで『中途半端』という風に書いていたけど、たぶんそこまでネガティヴに捉えてなくて、むしろそれが自然というか、誰かに引っ張られたり、好奇心に導かれたり、わざと身を委ねるようなかたちで越境が起きているんだと思う」

「今和泉さんは自分の身体を俯瞰的に把握しているんだよね。科学者みたいな冷たさで。例えば『地理人の成長限界』という文章では、自分が積極的になれる部分は〈思いつく〉〈つくる〉だけなんだと自己分析して、それ以降は徹底的に受動的だったと反省する。これが結構重要で、自分の制作物やアイデアを意味づけず、価値付与せず、その場に置いている*12からこそ、色々なひとがそれを〈デザイン〉〈バラエティ〉〈アート〉〈まちづくり〉…と多様に解釈していくことができる*13。こういう風にある意味で〈置いて、拾われるのを待つ〉という一見受動的な行為が、未知の方向に解釈してくれる知らないひととの出会いとそれに導かれた領域越境を可能にするのではないか*14

「そういうところもあると思うんだけど、そんなに上手くいくのかしらねぇ…。『ありがたいことに仕事が舞い込んできた』と仰ってたけど、向こうから来る、拾われる、がそんなにコンスタントにうまく起こるものなのか」

「拾われるのもひとつのテクニックというか、いや、テクニックは違うな…もちろんコミュニケーションの仕方、伝え方の上手さとかテクニカルな側面もあるだろうけど、やっぱり外部に対する身体のひらきかたが必要なんだと思う。誰かから勝手に解釈されることに対して、とりあえず肯定的に反応する、というか。例えば、それはアートだと言われて、いや違います、と即答したりはしないんでしょう、今和泉さんは。『わからないですけど…そうっすか?』みたいな感じで(?)、とりあえずその方向に舵を切ってみる*15。わからないけど、とことんその方向に倒れていって、なるほどそれも正しいかも、と納得するところまで行ってみる。
〈未知の誰かに拾われる〉ことは、待つ姿勢をとりながら、意識をちゃんと相手に向け続けてはじめて発生する。あくまで、自分の制作を俯瞰しようとしているのかもね。自分の意味づけ(←分かりきっていてつまらない)に閉じることなく、誰がどんな意味を引き出してくれるのか、どんな可能性があるのかを漠然と期待しながら、目線を引きながら、自分の制作物を見ようとしている」

「なるほど。今和泉さんにとって〈公共(領域)的越境〉は、物事を俯瞰しようとする、とくに『自分(の制作)がどこに生かされていくのか』を俯瞰しようとする態度において自然に起こる現象なのか」

 

     *

 

〈踏み越える〉というのは、向こうからただ引っ張ってもらうだけでも、自分から意気揚々と進軍するだけでもない、そのどちらでもあるような、中動的な行為だ。だから、それが起こる瞬間は、あー踏み越えそう、今から踏み越えるよー、越えるよー、せーのっ、はい、踏み越えたー、と意識を集中させている瞬間ではない。自分の意識の支配下に置いてコントロールしながら、思うままに〈越境〉が起きているのではなくて、意識と無意識の狭間で、気が付いたら越えているのだ。なんとなく自覚しつつ、でも同時にやっぱりよく分からない、「ふわっ」とした動きとして〈越境〉は起きている。それは門脇さんたちの親密的越境についてはほとんどそうだろうし、今和泉さんの公共的越境も(生存戦略的な側面もあるので意識の度合いが少し強いのかもしれないが)ある程度はそうだろう。

社会学者の見田宗介は、社会学の〈越境する〉側面について書いている。例えば、ウェーバー、デュルケム、ジンメルマルクスのような古典的な社会学者たちは、経済学、哲学、文学、政治学、心理学、人類学、歴史学などの諸領域を次々と横断しながら思考した。それは社会学が扱っている問題が、そもそも他分野の各領域を横断しながら考えなければならないような、根本的にこんがらがった問題だからだ。しかし、見田はここである部分を強調する。

けれども重要なことは、「領域横断的」であるということではないのです。「越境する知」ということは結果であって、目的とすることではありません。何の結果であるかというと、自分にとってほんとうに大切な問題に、どこまでも誠実である、という態度の結果なのです。あるいは現在の人類にとって、切実にアクチュアルであると思われる問題について、手放すことなく追求しつづける、という覚悟の結果なのです。(『社会学入門』p7-8)

あちこちに置かれた「立入禁止」の立て札(「専門家でもないくせに…」等々)を、やむにやまれず突破してしまっていた、気が付いたら踏み破っていた、その「衝迫力」「切迫感」にこそ真実がある。そこに「知ることへの誠実さ」がある。「領域横断的」「越境的」であることを目的化したり誇示したりすることは、「つまらないこと、やってはいけないことなのです」(前掲書p8)と言う。

これは〈越境〉という結果だけを殊更に取り上げて称揚する流れを相対化する、極めて重要な視点だと思う。僕はここまで〈越境〉をひとつのキーワードとしてきたが、その分析においては〈越境〉という現象それ自体ではなく、〈越境〉が起きるまでの過程の方を主題化してきた。踏み越えが「いつの間にか」「やむにやまれず」起こっていることの方にこそ着目すべきであり、踏み越え行為を文脈から切り離してそれだけ持ち上げてしまうと、「踏み越えられない」という経験の奥行きを見失う。

 

あるタイミングで「越境」という現象が起きる一方で、例えば「摩擦」や「衝突」という現象も度々起きている。誤解や無理解による食い違い、あるいは根本的な無関心のことだ。「踏み越えたね、みんな参加できたね、良かったね」で話を終わらせてしまった途端、境界線*16において起きている摩擦を前に〈立ち止まる〉瞬間は忘れ去られ、見えなくなってしまう。

“Strangers in Sendai”という制作においては、「わからない/わかってもらえない」状況に戸惑いながら立ち尽くしていたstrangerたちの姿を丁寧に描きながら、同時に、制作者たちも彼らを前にして立ち止まる。ただ踏み越え、交わり、分かち合っているだけではなくて、すれ違いや食い違いを見つめているようなシーンもちゃんと辿っている*17

 

 

 

本当に怒る、つまずく、物語を生きている

 

「ところで、これだけポジティヴに越境や交わりを取り上げられると、ネガティヴシンキングを御家芸にしている〈断絶〉原理論者のあなたは不満だろうね」

「いや、そんなこともない。だって、この作品はあんなにもちゃんと〈葛藤〉を描こうとしていたじゃないか。サムさんが『can't adapt』ってはっきり言うシーン(下動画の25:00〜の箇所)を思い出して欲しんだけど」

「あ〜。日本人は無神論者だと言うけれど…ってところか」

ムハンマド・佐藤さんは日本人として葬式に参加するときの大変さを話していたよね。佐藤さんも親戚づきあいはあるから、家族に代席してもらったり送迎係を買って出たり、自分が参加できない部分を他で補いながら関係を続けている。日本人であることとムスリムであることの接触面に発生する問題なわけだけど」

「アリーセさんの娘さん(エヴァちゃん)は周りのひとから『外国人』と呼ばれたり『ハーフですか?』と問われたりすることに『怒っている』(アリーセさん談)という話も覚えてる。そりゃそうだよね、と思いながら、それって僕もやっていることだな、とも思った。簡単に『外国人』っていう雑な把握の仕方をするし、無神経な質問もする。アンディさんはイスラム教徒であるというだけで『コーランを読んで人を殺す勉強をしてきたのですか?』『コーランを覚えなければイスラム教徒に殺されますか?』と聞かれてしまう。そんなわけない、ふざけてる、と笑いそうになるけど、同時に他人事じゃない、とも思う」

「目の前にいる他者や異文化との接触面=境界線がくっきりと浮かび上がってきたときに、適切な態度をとることができているか、自分の問題として誠実に関わることができているか、ということだね」

「厳密に言えば“Strangers in Sendai”の作品ではないんだけど、参考作品として上映された門脇さんの大作『ドクトル・ジャパン〜私の祖父はインドネシアに残ることに決めた』のなかにも物凄いシーンがあった。インドネシアにおける家族(親族)の親密な結びつきに対して、日本では孤独死が当たり前のように起こるし、そこらじゅうに独居老人がいるし、『親と何十年も会っていない』『親戚同士では集まらない』なんてことを普通に言う。そのこと自体は『日本人は家族関係が薄い』みたいな解像度の粗い命題でよく語られるけど、門脇さんはインドネシア人との対話のなかで身を切るような問題としてそれを受け取った。これは『自分と地続きの問題だ』と」

私は実は27年前、結婚を反対され、それがもとで親に勘当されて以来、両親とはほぼ会っていない。もっと言えば、この「安定」した状態に、面倒なことと向き合うことを避けて生きていける状況に、あえて余計なことをしなくてもいいと、ここまでやって来てしまった。「結婚を反対され」と書けば私には非がないようだが、それは単なるきっかけに過ぎない。そんなことで30年もの間、関係を絶っても何ごともないほどの関係しか、私は家族と築いてこなかった、大切に思えなかったということだ。

(『ディレクターズノート』より)

「文化間摩擦が本当に問題として迫ってくる、というのは僕には身に覚えがないな」

「そもそも我々は境界を見過ごしてきてるからね。それで、本当に面白いのはこのあとだ。あとでもう一度、YOUTUBEで直接聞き直したほうがいい。門脇さんのアート・プロジェクトに参加しているハナフィさんが日本人の家族関係を、ほんとうにまっすぐ批難するシーン(下動画の13:37あたりからの箇所)

 「日本の悪いところ、それは日本人の家族の関係です。私は言いたいです。私の国インドネシアですけど、家族の仲はいいです。悪い人もいます。でもほとんどの人は仲良くやっています。両親は尊敬すること。絶対お父さんやお母さんに悪いことしないでください。ムスリムの法律の中で、人間は三日間だけですよ、仲悪いんだったら三日間。それ以上仲悪いことがあったら、神様からよくないことをもらいますよ。それを信じています。話さないとか、三日間だけです。もっと長くはもっと悪いですよ。日本人は私の国の人と違う。私は直接見ました。私は子供と両親が何十年話さない、会ったことない、来ないとか、たくさん聞きました。兄弟と今どこにいるかわからない、簡単に口から出ました。よく聞きました。私は、あなたは両親のことわかりたくないですか、あなたはその人たちから生まれたんじゃないの?そういう心の中ですよ。変ですよ、あなたは。あなたは生まれて大きくなるまでお父さん、お母さん、育ててくれて、自分のため、あなたはどこか行きました。お母さんと二年間、二十年間見ないとか帰ってこないとか。あなた悪いです。兄弟と兄弟、家族の中、あなたはいっしょの中から生まれた。おなじところから出て、知らないところになる。あなたは何十年も妹を会わなかったとか、どんな顔かわからないと言う。絶対、変ですよ」

ここまでまっすぐ、本当に怒ることができるひとがどれくらいいるだろう。ものすごく誠実な態度だと思う。おかしい、変だ、ということをちゃんと言う。はっきりと言う。can't adaptと言うし、私はハーフじゃないと怒る」

「摩擦って分かりづらいよね。最後まで可視化されないこともある。“Strangers in Sendai”も分かりやすい形で摩擦や葛藤を扱わない。殊更にピックアップしない。このどうしても存在してしまっている分断をどうにか直視して、浅い理解や偏見に解消しないようにしたいんだけど、どうすれば良いか、いまいちわからないんだよな」

「結論に急がないように、立ち止まるしかないんだと思う。戸惑いながら立ち止まる。あるいは、志賀さんと清水さんの『つまずきの庭』に準えて言えば、つまずく、ということかも知れない*18。境界線につまずいたら、ただひたすら肉声に耳を傾けること。そうやって、境界線があやふやになるまで、目眩のするようなstrangenessに当惑し続けるしかない」

 

     *

 

ラフマさんは、門脇さんから「私は自分の両親と30年会っていません」と明かされて、一度は「え!?」と驚いてから、こんな風に言う(上動画の49:55あたりからの箇所)

「次に日本に行ったときに、門脇さんの家族にも会ってみたいです。」

当たり前のことだが、家族と30年会っていないひとにも事情がある。日本人は家族愛が薄い、つながりが薄い、そういう文化なんだ、とひとことで言っても、その個々の事例にはそれぞれの「合理性」があり、「必然性」がある。家族と30年会っていない、という事実には、確かに一方には近代化とともにコミュニティが解体されていった社会の文化的な背景があるのかもしれないが、もう一方にはそのひとが直面してきた現実が〈生きられた物語〉としてあるのだろう。その物語の一端を、門脇さんの声として聞いたときに、ラフマさんは「門脇さんの家族に会ってみたい」とだけ言うのだ。

ハナフィさんが感情を露わにしつつそれでも丁寧に自分の考えを説明していたことと同じくらい、本当に誠実な反応だと感じる。

 

目の前のひとが今まさに、自分と同じように、複雑な物語を「生きている」ということ。そこに現実の厚みがあるということ。やがて、物語は注意深くお互いを見つめ合い、時々たまらなくなって混じり合う。

「生きている」ことに対して、どこまで誠実であることができるか。わたしたちはみなストレンジャーだ、ということについて、感傷的になって終わることなく、どこまで冷静に向き合うことができるか。厳然と存在している、かと思えば、突如として曖昧になる、生き物のような境界(あいだ)に対して、どのような態度で臨むか。

 

 

〈参考〉

1.徳田剛『よそ者/ストレンジャー社会学晃洋書房

2.エマニュエル・レヴィナス、原田佳彦訳『時間と他者』法政大学出版局

3.ゲオルク・ジンメル北川東子編訳、鈴木直訳『ジンメル・コレクション』ちくま学芸文庫

4.菅野仁『ジンメル・つながりの哲学』NHKブックス

5.真木悠介『気流の鳴る音』ちくま学芸文庫

6.真木悠介『旅のノートから』岩波書店

7.見田宗介社会学入門』岩波新書

8.坂部恵『仮面の解釈学』東京大学出版会

9.藤井真樹『他者と「共にある」とはどういうことか:実感としての「つながり」』ミネルヴァ書房

10.木村敏『自己・あいだ・時間:現象学精神病理学ちくま学芸文庫

 

*1:『ロングマン現代英英辞典』で「stranger」の項を引くと、主要な意味として以下の二つが挙げられている。

1 someone that you do not know
►Do not use stranger to mean ‘a person from another country’. Use foreigner or, more politely, say that someone is from abroad/overseas.
(略)
3 someone in a new and unfamiliar place

ここでは「異国から来たひと」を表現するためにstrangerという語を用いることを明確に否定している。

*2:レヴィナスは「孤独」を「実存者が実存すること」それ自体に結びついた根源的な事態として把握している。個々の実存者が自己同一化し、〈実存すること〉のうちに統一化される。孤独とは実存者と〈実存すること〉とのあいだの統一性である。レヴィナスはこの存在論的孤独の発生、〈実存すること〉が実存者に結びつき関係する出来事を〈位相転換(イポスターズ)〉と呼ぶ(〈実詞化〉とも訳される。実際はすこし違うが、現象としてはいわゆる「個体化」に近い)。
要するに、レヴィナスの言う孤独とは、心理的な寂しさとかではなくて、「私は他の誰かであることはできない」「他の誰も私であることはできない」という事実のことである。「私は私である」というかたちで、「私」という存在者の身体に結び付けられている、そこから逃れ出ることはできない、ということが孤独の内実である。レヴィナスにとって、孤独は、個が個として存在しようとするときに必ず生きなければならない根本的な現象なのだ。

*3:この一人称複数といわゆる非人称(無人称)との違いから、人称性について整理したい。藤井直樹『他者と「共にある」とはどういうことか』は、例えば木村敏やメルロ・ポンティなどを引きながら、他者との分離以前の「非人称」的な場(あいだ)を捉え、それを「実感の伴ったつながり」として具体的に論じていく試みだった。一人称複数もまた「つながり」を主題化することばだが、非人称という事態とはどのように異なるのか。
いまのところ、非人称的な「あいだ」の(メタ)ノエシス的機構から一人称複数がノエマ化され表面化するのではないか、と考えている。すなわち、非人称を源泉として、一人称や二人称が生まれてくるのと同じように、一人称複数の意識もまた生まれてくるということだが、しかし、一人称・二人称から明確に区別して指摘しておかなければならないのは、一人称複数が非人称の余韻か残像とも言うべき「遡行的契機」を孕んでいる点である。おそらく、非人称性は一人称複数という共同性意識の条件のようなものだ。一人称複数は非人称性の面影であり、非人称へとぼんやり遡るような存在様態(ないし存在感覚)ではないだろうか。
とはいえ、一人称複数というかたちをとらずとも、「他者」を含みこみ内在化させながら一人称が立ち上がってくる、ある種の「つながり」を論じる仕方もある。真木悠介は『旅のノートから』所収の「方法としての旅」という文章で「世界をみる私のまなざしの一部として」の他者について書いている。

同行は〈汝〉であるよりもまえに、まず〈我〉である。「同行二人」ということは、私が二組の目をもって遍路することである。集団の旅において私は、たくさんの目をもって見、たくさんの皮膚をもって感覚し、たくさんの欲望をもって行動する。そして世界は、その目と皮膚と欲望の多様性に応じて、重層する奥行きをもって現前し、開示される。
関係のゆたかさが生のゆたかさの内実をなすというのは、他者が彼とか彼女として経験されたり、〈汝〉として出会われたりすることとともに、さらにいっそう根本的には、他者が私の視覚であり、私の感受と必要と欲望の奥行きを形成するからである。他者は三人称であり、二人称であり、そして一人称である。(p104)

他者が私に含まれていくこと。ここで真木が「一人称複数」も「非(無)人称」も用いていないことに着目したい。他者が私に含まれていくと言っても、「私たち」になることとは違う。真木の言う「同行二人」は、「一人称複数」的意識以前である。共同意識の獲得ではなくて、あくまで「私」(自己意識)の変容なのだ。
「非人称」と言ってしまったときの無内容な抽象性も避けられている。他者は三人称であり、二人称であり、一人称である、というのはほとんど坂部恵の言う「〈おもて〉のペルソナ」(=「原人称」なるもの)に近い(『仮面の解釈学』p20-21)。「原人称」を根源としてそこから一人称や二人称が立ち上がり現れる。真木はこの「原人称」からメタモルフォーズする自己と他者を論じている。
「非人称」がひとつの静的な場所として「人称以前」を指し示しているのに対して、「原人称」はひとつの動的な場所として「人称が立ち上がる」動き(メタモルフォーゼ)を指し示している。一人称〜三人称、単数/複数はすべて、この場所から自立した「意識の所産」である。

*4:生物としては細胞の自己生成・複製機能や免疫機能による形態化・個体化がある。木村敏によれば、精神的な個体化の過程は、主客未分の根源的な次元からその都度「自己」(ノエマ的自己)を獲得し直していく過程である。また、既に註で触れたようにレヴィナスのイポスターズもまた、このような主体化の過程だと考えられる。

*5:この文章は、作品から距離をとった「批評」として、というよりも、「混ぜて〜!」と言いながら門脇さんたちの制作に参加するような気持ちで書いている。僕は、細かいところにこだわる、という仕方で作品に参加しようとしている。

*6:実際にやってみていくつかの課題が見えてきたように思う。とりあえず最初に指摘すべきは、ファシリテーターと参加者がはじめから〈スクリーン⇔座席〉で向かい合ったかたちで位置設定されてしまっている、という上映会場の構造上の問題である。ここではほとんどスクリーン側にいるファシリテーターと席に座っている観客の間の応酬しか起こらず、例えば観客同士の対話が起きづらい(起きたとしても、それを全員で共有できない)。
これはマイクを用いなければ話を共有できない会場の「広さ」も影響している。会場にいた誰かが「ほとんど門脇さんが喋っていた」と感想を残していたが、確かに、ファシリテーターと観客のあいだに物理的・精神的距離があり、力関係が均等にならないまま、ファシリテーターがマイクを独占してしまっていた。やはり、設定された会場の構造そのものに起因していると思われる。

*7:カオスについては、2年ほど前に『「存在の混沌」と「詩」について』という文章にしているので、そちらを参照。いま読み返すとかなり粗削りで不十分だが、概ね当時と考え方は変わっていない。

*8:そして、これはたぶん、〈見通しの良い(概要的な)説明をしないこと〉〈わかりやすい(いかにもな)eventを撮らないこと〉、あくまでそれを〈自分たちとも重なるような日常として撮っていくこと〉によって可能になっている。アンディさんの生活圏内である三条町を撮影して、親切な自転車屋さんにインタビューしたり。サムさんの通勤路を追従したり。

*9:当たり前だが、ここで言う理解は「知識に還元する」という意味ではない。「わからない」まま、「わかった」とは言えないまま、なんとなく「そのひとがちゃんと存在している」ことを感じ取る、くらいの意味である。角度を変えて、そのひとの別の一面を見たり聴いたりすることで、「ちゃんと存在している」感じがすこしずつ色彩を変えて現れる。

*10:端的に、身体化されているということだと思う。制作行為は必ず、この身体性の水準において捉えなければ本質を見失う。このことは今後どこかにまとめておきたい。

*11:「何らかの事情があって仕事ができなくなったり人生が行き詰まってしまったひとたちが占いを受けに行って、あなたは占い師になった方が良いと思いますよー、とか言われて占い師を目指すようになるパターンが結構多いらしくて、みんな、分かる〜、だよね〜、って話してるのに、私だけ何一つわからないっていう。当たり前なんですけど。」

*12:例えば、『空想地図をめぐるアートと孤独のおはなし』という文章では次のように書かれている。

私の空想地図については、「作品」と言われることに抵抗がありました。落書きの延長で作った「地図」という認識であり、私も何かを狙って作った訳でも、アートの範疇に入るものだとも思っていなかったからです。

もちろん、ここには今和泉さんによる「地図」という意味付けがあるのだが、現実と結びついた「地図」の実用性を「空想」がかき消すことによって、「地図」は突如宙に浮く。「地図」の意味が、現実を超えて拡散する。今和泉さん自身「何かを狙って」作っていないのだから、「こう受け取れば良い」「こういう風に使えば良い」という筋道が見えてこない。ここに解釈が広がる余白がある。そこから生まれたひとつの解釈が、空想地図の創造性と、さらにラディカルな〈意味に依らない制作行為〉それ自体から〈アート〉を読み取る解釈なのだと思われる。
トークイベント中にコメントを求められたので「アートだと思います」のようなことを苦し紛れに呟いてしまったが、本当に言いたかったことを上に書いた。正直なところ、今和泉さんが考えようとしていた「空想地図はアートか」問題にそもそもあまり関心を持てないし、その〈意味に依らない制作行為〉そのものは純度の高いアートとして捉えうる、くらいのことしか言いようがない。アーティストインリサーチのfacebookページの投稿で、

仮定として、地理人の活動がアートであるとするならば、それは「空想地図」を指すのではなく、「作図してしまう癖」を言うのではないか?

ということばがあったが、全く同感する。というか、それは当たり前で、はじめからアートは完成物ではなく、ある欲動やパースペクティブや態度や生き方の暫定的な呼び名でしか無いのだ。制作行為そのものや行為の背景へと具体的に切り込む上では、アートという概念など無用の長物である。そしてまた、例えば〈アール・ブリュット〉などは僕の言っているアートに近いが、これが呼び名であり抽象概念である限り、アートと同じ穴の貉だと思われる。

*13:例えば、今回の今和泉さんの展示やトークイベントは吉川晃司さんに導かれている。このイベントが生まれるまでの経緯や目的を詳しく知っている訳では無いので踏み込まないが、トークを聞いて「すげー!!」と驚き面白がるひと、「やっぱりデザインのひとじゃない?」と解釈を語るひと、彼らの多様な反応を引き出すことに重きが置かれていたのではないかと感じる。地域活性や教育やコミュニティ形成というより、ただ「拡散する」ということに近い。マネジメントというより、ファシリテーションに近いように思う。

*14:ところで、ご本人はこの「受動性」を「大きな弱み」と否定的に自己評価していて、受動性だけでは先に進めない、じゃあ、この最低限の能動性をどうやって活かしていくか?という問題提起が『地理人の成長限界』の趣旨になっている。僕は「越境メカニズム」の解釈のうえで「受動性」を肯定的に捉えたが、もちろん「強い受動性」がいつもプラスに働いているとは限らないということですね。ここはなんか、僕の現況にも刺さります。

*15:今和泉さんは「作家になっちゃった」と話す。謂わば、とりあえず状況を「引き受ける」認識である。

空想地図作家には、なろうと思ってなったわけじゃないんです。なっちゃったんですよ。肩書きを求められるとき、私の活動で一番知られているのが空想地図だったので、適当に「空想地図作家」と名乗ることが増えました。極めつけは、2017年に宮崎県の都城市立美術館から〈現代美術作家〉という枠で呼ばれた時に、さすがに公立美術館から呼ばれる以上、そういう体(てい)が必要だなと思って、いわゆる作家だと心を決めました。だから、できちゃった結婚みたいなもんなんです。

(『Because,I'm 地理人 前編』より)

*16:この境界線は目に見えるようなかたちで明確に引かれているような線ではない。

例えば、心理学や精神分析において「個人の境界線」と呼ばれるものがある。所謂「パーソナルスペース」などを含んだ概念だが、これはパーソナルスペースのように物理的に設定されるだけではなく、心理的/精神的にも設定される。許容できる相手の言動のレベルが、例えばこういう話はあまり仲良くない人ともできるけど、これ以上は親密な関係でないとダメ、のように個々人において階層化される。この線の引き方はひとによって違っていて、一律には定められないうえ、人生のイベントを経て少しずつ揺れ動いていくような可変性がある。

ジンメルを引きながら確認したように、個々人が「設定し直す」ことができるような境界の緩さゆえに、境界を踏み越えて、外界と接続することが可能になるわけだが、しかし、個々人の意識では容易に動かすことができないような線が敷かれてしまうこともある。文化的なコンフリクト、社会参加の失敗、人間関係における衝突がトラウマ的に残ってしまうこともあるし、あるいは相互の無理解、無関心によって慢性的に形成されてしまうこともあるが、どちらにせよ、そのように存在感を強め、無視できなくなった境界線を、僕は〈断絶〉と呼んでいる

*17:これは以前、木村敏の『異常の構造』を読みながら抽出してきた「分断に向き合い、その構造そのものに迫っていく態度」を制作において実践するような試みであると言える。

そうすると、この文章は『異常の構造』を読みながら書いたメモを具体的な分析において展開していくものとして位置づけられる。

*18:

僕は友人たちと「立ち止まる読書会」という読書会を続けている。「立ち止まる」というのは、社会の目まぐるしい速さに対して、テキストに丹念に向き合うという行為を通して立ち止まってみよう、ただそれだけをしよう、という意味を込めた安直なネーミングだが、やりながら「ちょっと違うかもな」と思い始めた。「立ち止まる」にはどうしても「静止」のイメージが伴うが、読書会はむしろ静止を媒介にしてゆらゆらと揺れだしていくような、不思議な動きを生み出す行為である。志賀さんと清水さんが掲げる「つまずき」は、このゆらゆらを的確に反映できる気がする。

メキシコでは大きな車道にも小さな脇道にも“TOPE(トペ)”と呼ばれる山がつくられ、車はその手前にくるとスピードをゆるめる
TOPEは、住民の誰でもがつくることができ、子どもやお年寄りが通る場所や自分たちの住む場所を猛スピードで通りすぎられてはかなわないと考える人々が山をつくる
車を運転していると毎度スピードを落とさねばならず横転することだってある
しかし、彼らはスピードよりも立ち止まることを選んだ
するとそこには露天商が集まり、イスやテーブルが並び人々のおしゃべりがはじまる
野良犬も集まってきて、界隈ができる

(会場内キャプションより一部抜粋)

『つまずきの庭』というインスタレーションそのものが、ひとつの大きなTOPEだったと思う。そこでは立ち止まらずにはいられない。立ち止まって考え始めれば、今まで形成してきた枠組みや臆見(ドクサ)はもう役に立たず、途方に暮れながら絶えず作り変えていかなければならなくなる。つまずいたあとの「立ち上がり」があり、単なる停滞ではなく揺れ動いて変容していく時間がある。越境において重要だったことが「いつの間にか」という条件だったことと同じように、ここでも本質的なのは「立ち止まる」ことだけではなくて、立ち止まったときに抱いた「戸惑い」とその後の「揺らぎ」の方である。